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横浜地方裁判所川崎支部 昭和60年(ワ)443号 判決

原告

森悦子

右訴訟代理人弁護士

藍谷邦雄

右同

吉田健

被告

帝国臓器製薬株式会社

右代表者代表取締役

山口栄一

右訴訟代理人弁護士

佐藤博史

右同

飛田秀成

被告

合成化学産業労働組合連合帝国臓器製薬労働組合

右代表者執行委員長

高橋貞昭

右訴訟代理人弁護士

佐藤博史

右同

笠井治

右同

小野正典

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  原告が、被告帝国臓器製薬株式会社に対し、原告の勤務場所を被告合成化学産業労働組合連合帝国臓器製薬労働組合とし、勤務内容を同組合書記とすることを内容とする雇用契約上の権利を有することを確認する。

2  原告が、被告合成化学産業労働組合連合帝国臓器製薬労働組合に対し、その書記の地位を有することを確認する。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告帝国臓器製薬株式会社(以下、被告会社という)は、医薬品、医薬部外品及びそれらの原料の製造、販売並びに輸出入等を目的とする株式会社である。

(二) 被告合成化学産業労働組合連合帝国臓器製薬労働組合(以下、被告組合という)は、被告会社に雇用される労働者によつて、組織される労働組合である。

(三) 原告は、被告会社の従業員であり、被告組合の専従書記として勤務していたところ、被告組合は、昭和六〇年五月一〇日に開催された常任委員会において、原告を被告組合の専従書記から免ずる旨の決定をしたうえ、そのころ原告に対し右の決定を通知し(以下、本件書記解任通知という)、被告会社は、被告組合の右決定を受けて、同年九月一七日、原告に対し、同月一六日付をもつて川崎工場総務部施設課へ配置換えする旨の命令(以下、本件復職命令という)をなした。

2  しかしながら、本件書記解任通知及び本件復職命令は、次のとおり、無効である。

(一)(1) 原告は、昭和四九年二月被告組合の執行委員長の妻の紹介により、被告組合の専従書記の募集に応じ、被告組合の執行委員長と書記長の面接を受けたが、その際、仕事の内容、賃金等の労働条件のほか、被告組合の専従書記になるためには、被告会社の採用試験を受け、合格することが必要であるとの説明を受けた。

(2) 原告は、被告組合に対し、被告組合の専従書記になることを希望する旨伝え、被告組合も、原告を専従書記として採用することを内定した。そして、原告は、被告組合の指示に従つて、同月二五日、被告組合専従書記予定者として、被告会社の採用試験(筆記及び面接)を受けたが、右面接の内容は他の採用希望者とは違い、形式的なものであつた。

(3) この間、被告組合及び被告会社は、原告に対し、いずれも将来被告組合の専従書記の仕事を離れ、被告会社の従業員として復職し、被告会社で稼働する可能性のあること及び被告組合の専従書記の任期について説明をしなかつた。

(4) 原告は、同年三月一六日、被告会社に、被告組合の専従書記要員として採用され、職制上は人事部人事第二課付とされたが、実際は、右人事第二課において稼働することはなく、採用と同時に休職扱いとなり、被告組合の専従書記として、以後、昭和六〇年九月まで約一一年余りの間稼働してきた。

(5) 原告が、当初職制上配属された人事部人事第二課は、その後同五〇年五月に他課と統合されて、川崎総務部総務課と変更になり、同五四年九月には川崎工場総務部総務課と名称が変更されたものであるが、原告は、右の組織変更に際し、被告会社から、自分がどの部署に配属されることになつたのか、公式の通知を受けたことは一度としてない。

(6) 原告の給与は、専従手当及び生理休暇が有給であることを除き、被告会社の給与規程と同一の計算方法により被告組合から支給するが、退職金は被告会社が支給することになつており、また、厚生年金と健康保険は、被告会社が事業主となり、雇用保険と労災保険は、被告組合が事業主になつていた。

(二) このような経緯に照らすと、

(1) 原告と被告会社間においては、昭和四九年三月一六日に、原告の職務を、被告組合の専従書記に特定する期間の定めのない雇用契約が成立したというべきであるから、被告会社のした本件復職命令は、右の契約に反し無効である。

(2)(イ) 原告と被告組合間においては、同年二月二五日前に、原告が被告組合の専従書記になることを希望した時点において、「原告が被告組合の専従書記としての業務を行い、被告組合はこれに対して被告会社の給与規程と同一の支給・計算方法による賃金を支払うとともに、専従手当を支払う等その専従書記としての処遇を与えることを内容とし、原告が被告会社の従業員採用手続において筆記試験を含む書類審査及び健康診断に合格することを停止条件とする、期間の定めのない契約」が成立したというべきであるから、被告組合は、原告の職務遂行の内容が被告組合との信頼関係を著しく損なう等これを維持することができないような合理的な理由がない限り、契約の当事者として右の契約を一方的に解約することは許されないのであつて、被告組合のした本件書記解任通知は、右専従書記契約の解除権濫用として無効である。

(ロ) 前記(一)で主張したとおり、原告が被告会社に採用された経過につき、被告組合が深く関与していることに鑑みれば、被告組合は、原告と被告会社との間の「原告の職務を被告組合の専従書記に特定する期間の定めのない雇用契約」を維持し、これの破棄もしくは変更に至る様な事態を惹起させない信義則上の義務を原告に対し負つているというべきであるから、本件書記解任通知は、右信義則上の義務に反し無効である。

3  よつて、原告は、被告会社に対し、原告が勤務場所を被告組合とし、勤務内容を被告組合書記とする内容の雇用契約上の地位にあること、被告組合に対し、原告が被告組合の書記の地位にあることの各確認を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告会社)

1(一) 請求原因1(一)及び(二)の事実は認める。

(二) 請求原因1(三)のうち、原告が被告会社の従業員であり、被告組合の専従書記として勤務していたこと及び被告会社が原告に対し、本件復職命令をした事実は認め、その余の事実は不知。

2(一) 請求原因2(一)(1)の事実のうち、「被告組合の専従書記の募集に応じ」との点は否認し、その余の事実は不知。

(二) 請求原因2(一)(2)の事実のうち、原告が、原告主張の日に被告会社の採用試験を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 請求原因2(一)(3)の事実のうち、被告会社が原告に対し、将来の復職が有り得ることを説明していない事実は認め、その余は不知。

(四) 請求原因2(一)(4)の事実のうち、被告組合の専従書記要員として採用したとの点は否認し、その余の事実は認める。

(五) 請求原因2(一)(5)の事実のうち、「原告は、右の組織変更に際し、被告会社から、自分がどの部署に配属されることになつたのか、公式の通知を受けたことは一度としてない。」との点は否認し、その余の事実は認める。

(六) 請求原因2(一)(6)の事実は認める。

(七) 請求原因2(二)(1)の事実のうち、原告と被告会社との間で、原告主張の契約が成立したことは否認し、本件復職命令が無効であるとの主張は争う。

3 主  張

被告会社は、原告を一般の事務職として採用し、原告を人事部人事第二課に配属したうえ、就業規則及び休職規程の規定に基づき、被告組合の専従書記になつた原告を休職扱いにし、被告組合から専従書記を解任されたので、本件復職命令を発したのである。原告の場合も、既に被告会社の従業員であつた者が、被告組合の専従書記となる場合と何ら変わらない取扱いをしたのであるから、雇用契約上、原告の職務内容が被告組合の書記であると特定されていたということはない。そして、原告と被告会社との間の雇用契約上の労働条件は、就業規則によるべきであるが、就業規則五六条一項は、「必要ある時は、従業員に対し、出張・転職・出向・留学および駐在を命ずることがある。」と定め、同条二項は、右のような配置転換を、従業員は、「正当な理由がないときはこれを拒むことができない。」と規定しており、原告も、被告会社に採用された際、右就業規則等の交付を受け、その内容を知つていたのであるから、原告と被告会社との間の雇用契約において、右条文が規定するような異動が有り得ること、その際は会社の業務命令に従うべきことがあらかじめ包括的に合意されていたものである。さらに、被告会社は、原告の採用手続に当たつて、他の採用者と全く同じ手続で原告を採用し、原告を採用してからも、労働条件、福利厚生を含めた被告会社の原告に対する取扱いにおいて、他の従業員と同じ扱いをしていたもので、原告の職務が限定されていることを前提とした取扱いはしていない。

(被告組合)

1 請求原因1(一)、(二)及び(三)の各事実は認める。

2(一) 請求原因2(一)(1)の事実のうち、「被告組合の専従書記の募集に応じ」との点は否認し、その余の事実は認める。

(二) 請求原因2(一)(2)の事実のうち、「被告組合は、原告を専従書記として採用することを内定し」、「原告は、被告組合の指示に従つて」、「被告組合専従書記予定者として」との点を否認し、「右面接の内容は他の採用希望者とは違い、形式的なものであつた」との点は不知。その余の事実は認める。

(三) 請求原因2(一)(3)の事実のうち、被告組合が、原告に対し、専従書記の任期や将来被告会社への復職が有り得ることを説明していない事実は認め、その余は不知。

(四) 請求原因2(一)(4)の事実のうち、「被告組合の専従書記要員として」との点は否認し、その余の事実は認める。

(五) 請求原因2(一)(5)の事実は不知。

(六) 請求原因2(一)(6)の事実は認める。

(七) 請求原因2(二)(2)(イ)の事実のうち、原告と被告組合との間に、原告主張内容の契約が成立したことは否認し(原告と被告組合間に、原告を専従書記とする契約の成立したことは認める)、本件復職命令及び本件書記解任通知が無効であるとの主張は争う。

(八) 請求原因2(二)(2)(ロ)の事実は否認する。

3 主  張

被告組合が、専従書記の補充を必要としていたことを契機として、被告会社が原告を採用するに至つたことは事実であるが、被告組合の専従書記は、被告会社と被告組合間の従前の労働慣行及び専従協定に基づき、被告会社の従業員としての身分を有するものから組合専従として、休職の取扱いを受けるものとされていたので、原告が被告会社に雇用される際も、被告組合から原告に対し、被告会社の従業員たる地位の取得が前提である旨説明し、原告もこれを了承して、被告会社の採用試験を受け、被告会社に採用されて被告会社の従業員たる地位を取得した後、被告組合の専従書記になつたもので、既に被告会社の従業員であるものが、途中で被告組合の専従書記になる場合と何ら異なるところはなく、その職務を被告組合の専従書記と特定して、被告会社に採用されたということはない。

そして、本件書記解任通知は、組合規約二一条一〇号により、専従書記の任免が被告組合の常任委員会の決定事項とされていることに基づき、常任委員会において決定され、これを受けて発せられたものである。また、専従書記の解任につき、原告の同意を得ることは必要ではない。

さらに、原告を専従書記から解任した理由は、①原告の専従書記在任期間が一一年に及ぶこと、②今後、専従書記の任用期間を三ないし五年とし、できるだけ多くの組合員に専従書記の仕事を経験してもらいたいこと、③原告と専従役員との人間関係がうまくいつていないこと、④したがつて、被告組合における事務局機能が十分発揮できていないことにあり、十分合理性がある。

そもそも、本件のごとき、専従書記の解任という労働組合の内部運営問題については、本来労働組合が自主的に決定すべき事項であり、司法審査が及ばないものである。

第三  証  拠〈省略〉

理由

一1  被告会社が、医薬品、医薬部外品及びそれらの原料の製造、販売並びに輸出入等を目的とする株式会社であること、被告組合が、被告会社に雇用される労働者によつて、組織される労働組合であること、原告が、被告会社の従業員であり、被告組合の専従書記として勤務していたことは当事者間に争いがない。

2  原告本人及び被告組合代表者各尋問の結果及び原告と被告会社との間では右尋問の結果により原本の存在とその成立が認められる甲第五号証によれば、被告組合が、昭和六〇年五月一〇日に開催された常任委員会において、専従書記である原告の解任決定をし、原告に対し本件書記解任通知をしたことが認められる(右事実は、原告と被告組合との間においては争いがない)。

3  被告会社が、同年九月一七日、原告に対し、同月一六日付をもつて本件復職命令をしたことは、当事者間に争いがない。

二そこで、原告が被告会社に雇用されるに際し、原告と被告会社間に、原告の職務を被告組合の専従書記に特定する旨の雇用契約が成立したか否かについて検討する。

1  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告組合は、昭和四八年暮ころ、当時専従書記であつた秋元美子が結婚を理由に退職を願出たため、後任の専従書記の推薦を被告会社に依頼していたが、被告会社の従業員中には適任者が見つからなかつた。

(二)  原告は、昭和四九年二月ころ、アルバイト先で知り合つた被告組合執行委員長高橋貞昭の妻から、被告組合で専従書記を捜している旨を聞き、同女の紹介で、右高橋及び当時被告組合書記長であつた中川博文と組合事務所で会い、同人から、被告会社や被告組合の概要、被告組合の専従書記の仕事内容、待遇などのほか、被告組合の専従書記になるためには、被告会社の従業員になることが必要である旨説明を受け、数日後、右高橋に被告組合の専従書記になることを希望する旨伝えた(右事実は、原告と被告組合間では争いがない)。

(三)  被告組合は、原告が被告組合の専従書記になることを希望している旨を被告会社に伝え、原告は、右高橋の紹介で、同年二月二五日、被告会社への採用希望者六名とともに採用試験(筆記・面接試験及び健康診断)を受けた(原告が、右の日に被告会社の採用試験を受けたことは、当事者間に争いがない)。

(四)  原告は、前記高橋及び中川から説明を受けた際にも、被告会社の採用試験の面接においても、被告会社あるいは被告組合から、ことさら、将来、被告組合の専従書記の仕事を離れ、被告会社の従業員として、被告会社で稼働する可能性のあることや、被告組合の専従書記の任期についての説明は受けなかつた(右事実のうち、被告会社が右説明をしなかつたことは原告と被告会社との間に、被告組合が右説明をしなかつたことは原告と被告組合との間に、いずれも争いがない)。

(五)  原告は、同年三月一六日付で、被告会社に採用されたが、配属された人事部人事第二課において稼働することなく、採用と同時に休職扱いとなり、被告組合専従書記としての仕事に従事し、以後本件復職命令が出される昭和六〇年九月までの一一年余にわたり引き続き専従書記として勤務してきた(右事実は、当事者間に争いがない)。

(六)  原告が、当初職制上配属された人事部人事第二課は、その後同五〇年五月に他課と統合されて、川崎総務部総務課と変更になり、同五四年九月には川崎工場総務部総務課と名称が変更されたものであるが、原告は、右の組織変更に際し、被告会社から、自分がどの部署に配属されることになつたのかにつき、個人的に正式の通知を受けたことがなかつた(右事実のうち、組織変更の経過事実については、原告、被告会社間に争いがない)。

以上の事実が認められ、右の認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、証人中川博文の供述中には、原告を採用した当時、被告会社人事部人事第一課課長であつた杉村栄一から、被告組合書記長であつた右中川に対し、原告は、年齢が二五歳であり、女性の途中採用者の年齢上限である二四歳を越えているが、被告組合の専従書記要員なので、右上限にかかわらず採用したのであつて、途中で職場に戻せと言われても困るという申入れを受け、これを右中川が承諾した旨の供述部分があるが、右は、〈証拠〉によれば、当時女子職員の途中採用の年齢制限は、概ね二四、五歳であつたことが認められるうえ、右杉村自身、このようなことを述べたことはない旨否定していることが認められることに照らすと、前記供述は採用することができない。

2  しかしながら、他方、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告組合は常時一人の専従書記を置いていたが、右専従書記の職務内容は、組合費の管理、執行委員会及び常任委員会の資料作成、労働金庫関係の事務、事務所における接客や電話の応対など通常の一般事務であり、特殊な技能や特別の訓練を要するものではない。

(二)  被告会社は、昭和四九年当時、主に大学卒業以上の学歴を有する者を対象とする研究開発職、技術職、営業職、事務職のグループと、主に中学校ないし高等学校卒業者を対象とする研究開発補助職、現業職、一般事務職のグループに分けて採用の募集をしていたが、原告は、被告会社従業員である前記高橋の紹介で採用試験を受け、後者のグループの一般事務職として採用されている。

(三)  被告会社の就業規則は、五六条一項に、「必要あるときは、従業員に対し、出張・転勤・転職・出向・留学および駐在を命ずることがある。」、同条二項に、「前項の場合、従業員に正当な理由がないときは、これを拒むことはできない。」旨規定し、通常、雇用契約の際に、職種や勤務場所を限定しないことを前提としているところ、原告も、被告会社に採用された際、この就業規則の交付を受けており、また、原告と被告会社との間において、原告の職務の内容を被告組合の専従書記に限定する旨の雇用契約書は作成されていない。

(四)  被告会社と被告組合は、被告組合の在籍専従者につき、専従期間中は被告会社を休職する扱いとし、被告会社の従業員が在籍専従者になり、更に復職した場合の、給与や有給休暇の扱いにつき、覚書を交わすなどしているが、被告会社は、これに応じて、就業規則五八条に、組合専従者になることを休職の事由として規定し、さらに休職規程で、組合専従者の専従期間を休職扱いとすること及び休職の理由が消滅したときはただちに復職させることを規定している。そして、昭和三六年一一月一六日以降原告が被告組合の専従書記となるまでの間、計六名が被告組合の専従書記になつているが、その内五名は、被告会社の従業員として稼働中の者が被告会社を休職して、被告組合の専従書記になり、右六名全員が組合書記を免ぜられた日に被告会社従業員として復職し、その内三名は即日退職しているが、他の三名は復職後暫くの間被告会社の従業員として稼働している。

(五)  被告会社と被告組合の間には、被告組合の専従書記の任命について、被告組合から申出があつた場合、被告会社において在籍従業員の中から適当な候補者を選定し、これを被告組合に推薦するという慣行があつたところ、原告及び原告の前任者である秋元美子は、いずれも、被告会社に採用され、人事部人事第二課に配属されると同時に、被告組合の専従書記となつているが、これは、いずれの場合も、被告会社の従業員中、被告組合の専従書記として適任者がいなかつたことから、社外募集に頼ることになつたもので、右秋元は、被告会社が職業安定所を通じて行つた募集に応じており、原告の場合も、前記認定のとおり被告組合は執行委員長の妻の紹介で原告を知り、先に被告組合の執行委員長及び書記長が面接をしてはいるが、これも原告を専従書記希望者として、被告会社に紹介するための準備的な面接に過ぎないことがうかがわれ、被告組合が、専従書記を募集したものとはいい難いものである。

(六)  被告会社は、原告につき、その採用試験の内容及び実施方法、採用後の初任給の計算、永年勤続表彰、社内報における扱いなどについて、他の被告会社従業員と全く同じように取扱つていた。

(七)  被告会社は、休職者の配属されている部課に変更等があつた場合、人事担当部長通達という形で、管理職を通じて右通達を周知させ、被告組合にも右通達を交付する扱いにしており、原告の職制上配属されていた部課が被告会社の組織変更にともない変更した際にも、右の方法でこれを原告に通知していた。

以上の事実が認められ、原告本人の供述中右の認定に反する部分は前掲証拠に照らし採用できず、その他右認定事実を覆すに足りる証拠はない。以上の各事実によれば、被告会社の就業規則及び休職規程は、被告会社が職務を特定して従業員と雇用契約することを前提とせず、組合専従者の場合、被告会社従業員の職務が休職となり、組合専従者でなくなつたときは従業員の職務に復職する旨を規定し、現に、従来被告組合の専従書記につき、職務を被告組合の専従書記として特定して雇用契約を締結した事実はないうえに、被告組合の専従書記の職務内容は、特殊な技能や訓練(例えば、ボイラーマン、調理士など)を要しないことも明らかなのであつて、それにもかかわらず、原告と被告会社の間において、原告につき特に職務を被告組合の専従書記と特定しなければならない理由を見出すことは困難であるというほかない。

そして、もし雇用契約で原告の職務が被告組合の専従書記に特定された場合、将来原告がその任を解かれたとき原告の地位が極めて不安定になることなどを併せ勘案すると、前認定のように被告会社が原告を雇用した直接の契機が被告組合の専従書記の補充にあつたことは明らかであるが、それ以上に、被告会社と原告との間で原告の職務を被告組合の専従書記に特定する旨の合意があつたとまでは推認することはできない。

3 以上にみたとおり、原、被告会社間において、昭和四九年三月一六日に、原告の職務を被告組合の専従書記に特定する旨の契約(特約)が成立したから、これに反する被告会社の本件復職命令は無効であるとの原告主張はこれを認めることができない(なお、前記のとおり、原告が被告会社の従業員として採用され、被告組合の専従書記として勤務していたが、昭和六〇年九月一六日付で被告会社から川崎工場総務部施設課へ配置換えする旨の本件復職命令が発せられたことは、当事者間に争いがなく、かつ、被告会社の従業員が組合専従者になつた場合は休職扱いになるが、休職理由が消滅したときは直ちに復職させる定めになつていることは前記のとおり明らかであり、被告組合が原告を被告組合の専従書記から解任する旨の本件解任通知の効果の発生を妨げる事実は三で判断するとおり認められない)から、結局、原告の被告会社に対する本訴請求は理由がない。

三1  次に、原告は、被告組合に対し、原告と被告組合間に、昭和四九年二月二五日前に、原告が被告組合の専従書記になることを希望した時点で、専従書記契約が成立したのであり、被告組合は、契約の一方の当事者として原告の職務遂行の内容が被告組合との信頼関係を著しく損う等これを維持できないような合理的理由がない限り、右契約を解除することは解除権の濫用として許されないところ、被告組合のした本件書記解任決定はこの解除権の濫用として無効である旨主張するので検討する。

原告が、昭和四九年三月一六日被告会社従業員に採用され、同日被告組合の専従書記となり、以来その仕事を続けてきたが、昭和六〇年五月一〇日開催の被告組合常任委員会で、原告を被告組合の専従書記から免ずる旨の決定をしたうえ、そのころ被告組合は原告に対し本件書記解任通知をしたことはいずれも当事者間に争いがないが、前記一及び二に説示の事実によれば、右の原告と被告組合間の原告を専従書記にすることの契約は、準委任契約であると解するのほかなく、従つて、被告組合による本件書記解任通知は右準委任契約解除の意思表示と認められるところ、右の解除には解除事由を必要とせず自由にこれを行うことができるから、本件書記解任通知によりその効果が生じたことになるのであるが、契約解除権の行使についても、それが濫用にわたることは許されないことが明らかである。しかしながら、原告のこれに関する主張それ自体必らずしも明確でないうえ、本件全証拠によつても、被告組合による原告を専従書記から解任する旨の解除権行使が解除権の濫用であることを認めるに足りる証拠はない(なお、原告は、その本人尋問中で、本件書記解任通知は、原告が被告組合の役員選挙において、当選をした長島書記長の対立候補を応援したことに対する報復ではないかと考えられる旨の供述をし、〈証拠〉によれば、被告組合の昭和五八年の役員選挙の際、書記長に対立候補のあつたことが認められるけれども、原告本人の右供述部分は、被告組合代表者尋問の結果に照らし採用できない)。

2  そして、原告は、被告会社が原告を採用する経緯に被告組合が深く関与していたことから、被告組合は、原告と被告会社との間に締結された原告の職務を被告組合の専従書記に特定する雇用契約を維持し、これの破棄もしくは変更に至るような事態を惹起させない信義則上の義務を原告に対し負つているから、本件書記解任決定は信義則に反し無効であると主張するが、前記のとおり、原告と被告会社との間に、原告の職務を被告組合の専従書記に特定する雇用契約が締結されたとは認められないから、右主張は、その前提を欠くもので採用できない。

3  そうすると、被告組合から原告に対し、本件書記解任通知が到達したことは原告と被告組合間に争いがないところ、原告主張の右解任通知の無効事由が認められないのであるから、原告の被告組合に対する請求は、理由がない。

四よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官澁川 滿 裁判官小池勝雅 裁判官若園敦雄)

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